知り合いの
母親が急逝なさったとき、
個人の持ち物の
少なさに、いっそう
涙が出たんだそうだ。
すごい
いい話では
ないですか。
モノに溢れた
ごちゃっとした
自分の部屋は
本当に安っぽいなー。
と思います。
死んだとき
その多さに
恥かきそう。
人生そのものが
バレそう。
そして何度
自分は
(今度こそ)
(変わるんだ)
と思って部屋を
掃除、整理して
きたことか。
思えば、高校時代も
誓ってたんだから
半世紀は決意
し続けてることに
なります。
ついでに、
なんかの
「カバー」も
わざわざ大げさに
つけたのを
見ると時々、
逆に
(ビンボーくさいなー)
と思えてきます。
昔、電話の受話器にも
レースのカバーなんか
している
リッチな家があって
(なんでこんなに
高級そうで
鬱陶しいんだ、、、)
と思えて不思議でした。
向田邦子さん
だったかの言葉
「貧乏には品があるが
貧乏くさいには品性がない」
がしっくりきます。
(向田さんじゃないかも)
清貧なんて言葉も、
海外だと意味不明で
ありえないんだそう。
わかってねえなあ。
ここは日本の
デリカシーの
良さですね。
でもじっさいは
清貧になれず
物品まみれ。
また決意でも
してみよう。