ついさっき、
NHKスタジオパークで。
始まる前、集まっていたお客さんを
ながめながら、ふと
隣にいる真下アナウンサーに
こんな話をしかけました。
「私も昔、NHKの見学に来たことがあってさ~」、と
言いかけたところで
本番となっちゃったのですが。
その番組は、永六輔さんがホストだった
「テレビファソラシド」という
バラエティー番組。
レギュラーである
タモリさん目当てで
観に行ったのですが、
司会の永さんが、
なぜか前説も担当してくれ、
それがまた面白く、
自然に客席も盛り上がったものでした。
まさか後年、永さんにお世話になるとは
思ってもみなかった時代です。
スタジオパークが終わってすぐ、
永六輔さんの訃報を聞き、
この偶然にも
ものすごく驚きました。
30年前に渋谷にあった
ジアンジアンというライブハウスで
無名の自分が初めてライブを、という時に
ふらりと観に来てくださったのが
永六輔さんでした。
ジアンジアンの経営者の
高嶋さんと親交があった永さんは、
今度変な女がライブをするみたいだ、
と、スタッフから
聞いてたんだそうでした。
(失礼しちゃう!)
翌日、近くの喫茶店に
呼び出してくれ、
「あなたは芸はプロだけど、
生き方がアマチュア。」
という短い言葉をくださいました。
今でもよく言い当ててるな~、と
感心します(←ナマイキ)。
その喫茶店でも、
まわりにいたお客さんから
(あ、永六輔だ!)という好奇の目で
にぎやかに見られてるのに、
しっかり目を見て
「清水くん、つまりね、
お辞儀くらい最初と最後、
きれいにしっかりできなきゃ。」と
言ってくれたのも
忘れられません。
今もできてないけど。
もう私のこと「くん」づけで
呼んでくれる人も
真摯に叱ってくれる人も
いなくなっちゃったんだな~。
背丈も声も大きかった永さん。
優しさをメートルで測れたら
もっとずっと
大きな人でした。
たぶん、嫌いになれる人は
いないんじゃないかしら。
でも、こうも思います。
作詞、著書、
あの距離感の取り方、
そして
人の目をしっかり見すえながら
伝えてくれた言葉は、
ずうっと消えないで
今後も人に残る事を思うと、
最高の人生だったんじゃないかって。
恩返しが
できなかったのは
しょうがないとしても、
せめてお礼の気持ちは
もっと口に出すべきだったんじゃ
ないかな、とは
思いました。
「照れ屋だから」、なんてのを
隠れ蓑にしてただけで、
自分はただ
怠惰だった。
ありゃ、書きながら
ちょっと悲しくなりました。
(ちょっとかよ!)
永六輔さん
投稿日:2016年7月11日